2017年2月7日火曜日

日本の英語教育について

最近Twitterを見ていると「英語とかいいから日本語を何とかして欲しい。」という声をよく聞きます。
これは日本の英語教育の時間やカリキュラムを増やそうという中から生まれてきた意見で、一見納得できるように思うのですがちょっと同時に違うのかもしれないと思っています。

何故か。

それは、言語学的な話しではなく、どちらかというと意思疎通、コミュニケーションスキルのそれ、であるからです。
大学のサークルの同期で言語学を専攻していた知人がいたのですが、彼もどちらかというと、コミュニケーションスキルのほうに興味があったようで、言葉そのもの、というよりも、その言葉の使い方に興味があるのではないかと、私からは見えていました。

大抵、日本語が通じないという時にはいくつかカギになるポイントがあります。
例えば

相手に通じない専門的な単語をそれと知ってわざと使う。

などはよくあることです。
以前もご紹介しましたが人には毀傷の喜びというものがあり、相手に通じない専門用語を使って、自分はわかっているのだ、と喜ぶというのは、誰しも持ち得る感情だということです。持っていない人はいないと思われます。
専門性の高い用語を使うというのはリスクも伴うのですが、同時に専門的な単語は文脈によって理解されるべきだ、とも私は思っています。

コミュニケーションスキルというのは、技術の問題なので、身につければいいものです。そういったことこそ、英語を学ぶ過程で身につければいいのではないかとも思います。

日本が西欧の国に比べて遅れていることは皆さんもご周知のことと思いますが、日本には独特の文化もたくさんありますから、無理をする必要はないのではないか。でも、日本語への理解を深めるために、英語を幼い頃から学ぶことには意味があるのではないかとも思っています。

大学で英文学科に入るとまず一年間は日本語の勉強をするんですよね。それに近いのかもしれません。

英語はお勉強の一つの道筋になりますから、今後とも動向に注意したい私なのでした。

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