2016年12月21日水曜日

「善き魔法使い」

今日は通院日なのですが、行きの便で暇をしていたらtwitterでこんな発言がありました。






「善き魔法使い」もいれば逆の人も世の中にいます。

10年ほど前は心理学が流行っていました。
ちょうど犯罪心理学なども流行っていた時で心理学の学科は大体倍率が高かったように思います。

私も「専門家ではない相談」として何人か相談に乗ったことはあります。
が、大体のケースは「悪しき魔法使い」による呪いでした。
人間は生きているとショックを受ける言葉というのがありますよね。
例えばそれは違う人から同じ言葉が出てくる瞬間だったりします。
「心理学を学んだ私の言うことは正しいから聞きなさい」というのが、当時、コミュニティカレッジなどでちょっとだけ心理学をかじった人の言い分です。

四年制大学で心理学を学ぶと逆のことを一年生の時に教わります。つまり「心理学で人は救えない」と。人を救うのは学問ではなく、人であるという教授のメッセージだと私は個人的に解釈しています。

心理学は確かに人の生活を豊かにしてくれる場面もあるんでしょう。臨床の現場では多く貢献している方もいると聞くので良いこともあると思っています。精神科医にはできないこともたくさんあります。
反面で、こういうちゃんとした教育を受けていない人たちで自己流で周りに呪いをかけていくのを見るとのは本当に忍びないのです。
心理学を学ぶことはリベラルアーツを学ぶことだと思っています。つまり、必要な人格教育のため、なんですよね。
もちろん臨床や研究のエキスパートになるべく、学びを肥やすことは大事だと思いますが、その前に人としての人格教育をほどこすことが大事であると私は考えています。知識を得る過程で育って欲しいと思っているのです。

残念なことに大学の偏差値とこういった話題はリンクしていることが多く、低学歴な人は大学でも授業に出ず、テストも簡単でレポートも大したことを求められない。つまり、学ぶ姿勢の前の段階で卒業をしてしまうことが多いみたいなんですよね。それは、皆さん難しい大学をすすめるわけです。
必ずしも学歴が保証してくれるような話題はではないのは承知しているのですが、コミュニティカレッジ90分うなづいて帰ってくる方が自分の知識を武器に周りにいろんなことを強要していることを知ると、例え学びに関して中途半端であった自分であったとしても複雑な気持ちになります。

以前ネットの記事でいつまでも勉強をしていてはいけない、という記事をみたことがあります。そういう、コミュニティカレッジでの学びのことを言っているのかなと思いました。もちろん勉強するのはいいことなんでしょうけれど、弊害も理解しなくてはいけませんよね。
私が高校生の頃にバウムテストをちょろっとかじった大学生の方がものの試しにやっていて、これはよくないなーと思ったことがあります。そういう目的のためにやることではないですし、もっと繊細なのです。その大学生さんは勉強が嫌だったらしく、大学院にいけなかったとききました。

はなしは戻りますが、自分でかけた呪いは自分でとくしかありません。
あくまで歩むのはその人ですし、手伝ったとしても決めるのは本人です。そこは間違えてはいけないところだと思います。

以前作曲家の菊田裕樹さんに「自分でも嫌なものをつかんでしまっていることがあるから、自ら手放すのも手だと思うよ。」というようなことを言っていただいたことがありました。
ネガティブなものはネガティブなものを呼ぶと最近思っています。
反面で幸せな人にしか人を幸せにする力がないのも事実だと思います。
不幸はなろうと思えばなれるものですが、幸せはつかもうとしなければ得ることができませんからね。

皆さんが善き魔法使いであれるように、今後も努力し続けてくださることを望みます。学びは一生です。

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