2016年8月14日日曜日

コミケで思い出す話

Billy Joelを聞きながら。

今日は家族が宴をしているようですが、蚊帳の外の私は呼ばれすらしません。ごちそうを横目にレトルトのカレーを食べているわたしに生きている意味とかあるんでしょうかね。はてさて。

で、コミケだったわけです。行かなかったのですが。
昔某所(知っていても名前は出さないでください)でお手伝いをさせていただいたときに業界の偉い人に言われたことがありました。
それは
「あなたのように真剣に生きている人は少ないから、受け流すことも大事だ。」
という意見でした。

当時は2chにもスレがたっていたり、学生の一生よりも自分の夏休みのほうがはやく欲しい三流の教師にtwitterを見られて叩かれたりといろいろありました。
自分が思っている以上に世の中の人って適当なんですね。真剣に向き合うことなく生きている。
向き合うことがあったとしても、なぁなぁでやり過ごすのが大人って感じなんでしょう。

向き合う姿勢すらない人とは一緒にされたくありません。
まぁ、誰とはここではいいませんがね。
世の中を変えていけるのは一割以下の人なのでそうなれないと思ったらやめたほうがよいかと思います。誰にでもできることと、誰にでもできないこともあります。

怒りとも悲しみともつかない感情が消えないまま、楽しそうな団らんの声が聞こえる部屋に今います。生きていてこんなにみじめだと感じることはありません。

元より、兄の結婚式にも、妹の結婚式にも呼ばれていません。
兄嫁の名前も、生まれたらしい子供の名前も知りません。

家族すら腫れ物を扱うように接してくるような家庭に生まれた意味などあるのでしょうか。

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