2016年5月12日木曜日

チップチューンとゲーム音楽は別のモノというはなし。

皆さんごきげんよう。昨今穏やかに気象状況で非常に心地よい日々が続いていますね、いかがお過ごしでしょうか。

今日したいはなしは、これ。
「チップチューンとゲーム音楽は別のモノ」というはなしです。

まずはチップチューンってなんぞや、ってところからはじめないといけないのですが。
今のチップチューンジャンルを確立した著名人がいます。名前は伏せておきますが、アメリカ人の女性です。
やっていたこととしては、オーソドックスな打ち込みとはかけはなれた声の再現。ファミコン時代のゲームでは声の要素は予算のかなりあった作品でしか許されない行為でした。専門的な単語を使うのであれば、三音とノイズ、以外のDPCMといわれる、本来効果音だったりドラムだったり、ありとあらえる用途で使える夢のような音楽パートがそれにあたりました。
アメリカ人の女性がやった声の表現はそのDPCMを使わずに、三音のうち矩形波チャンネルの音色をコントロールして(Duty比といいます。)声を再現したものでした。
そういった方の有名作品から派生して、ありえない技術、ありえない打ち込み、ありえない拡張音源の使い方などが高く評価されて、ジャンルとして一部の方に盛り上がりを見せているのがチップチューンです。

もっとわかりやすく私の解釈でいうなら、ファミコンとスーパーファミコンはチップチューンとして評価されるべきゲーム音楽だと思います。プレイステーション以降のハードは音の数的な制約はほぼ解放されているので、チップチューンといわれるとそうではない感じがします。

ゲーム音楽がファミコンやスーパーファミコンだった時代にはひとつの新しい音楽ジャンルとしての音楽が確立されるべきだろうという声がありました。それがまさにチップチューンだと思っています。

別の文脈でゲーム音楽を語ることはたくさんできますが、チップチューンは独自の文化である。と思いますというはなしですね。以前、twitterのフォロワーさんでそういうはなしをしている方はいましたが、いまいち抜け出せない人が多いようなので、私の視点から切り込みをいれておきました。

チップチューンは同時にコンペで生まれた文化でもあるので、豊かなものに育つのかわかりませんね。まだまだ可能性もありますが、絶望的な部分も抱えているジャンルだと思います。

そんな雑感でした。駄文で失礼しました。

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